ミッツケールちゃんの「みつける よのなか」blog

世の中のいろんなことを考察して深めたいミッツケールちゃんのブログ。本やテレビ、ニュースについて、あちこち寄り道しつつ綴ります。

”大家さん”も”僕”も、私たちの理想だった―書評★大家さんと僕(矢部太郎)

 近所にどんな人が住んでいるのかもわからない。
たくさんの人が住む街で寝起きしているのに、人のあたたかさを感じる間もない。

 現代の都会で何の不自由もなく暮らしているにも関わらず、そんなむなしさを覚える人は多い。
心を癒す人間交流を求める暇もなく、日々の生活に忙殺されてはいないだろうか。

 そんな時代の今、漫画「大家さんと僕」が好評を博している。
2年前に出版された本作は手塚治虫文化賞を受賞。テレビでたびたび特集も組まれている注目の作品だ。

大家さんと僕

大家さんと僕

 著者がお笑い芸人であること。芸人としてはパッとしない、でも人の良い矢部太郎さんということも話題の一つだろう。
 しかし、人気の秘訣はとてもそれだけでは語れない。手に取る人の心を惹きつけて離さない純朴なあたたかさが詰め込まれているのだ。

近くにいる、それだけのことから始まった交流

 お笑いコンビ・カラテカの一人、矢部太郎さんが元住んでいたマンションを追い出されるところから物語は始まる。
 辿りついた物件は、高齢女性の大家さんが一人暮らしする住宅の2階部分だったのだ。

 世間の波に呑まれず、自分らしい生活を規則正しく続けてきた大家さん。彼女なりの親切さから、矢部さんを何かと気にかける。
 最初はその距離感に戸惑う矢部さんも、食事を共にしたり、大家さんの話す思い出話に耳を傾けたりして、徐々に打ち解けていく。

 大家さんと矢部さんの交流は、読む人の気持ちを落ち着かせてくれる。
忙しい毎日でないがしろにされがちな、人と人との心からの交流、2人の人間味が心を打つのだろう。

 精密とはいえなくとも素朴な味のあるイラスト、ファンタジーさと地続きな世界観が、作品への没入感を増幅させている。
 8コマ漫画という独特なリズムに、ページを追うごとに呑み込まれていく。

 感銘を受けた著名人らがメッセージを寄せるスピンオフ本も発売されている。

「大家さんと僕」と僕(番外編本)

「大家さんと僕」と僕(番外編本)

著者の矢部さんが振り返る制作秘話もなかなか面白い。

こんな年の重ね方をしたい

 当初1冊で終わりの予定だった「大家さんと僕」だが、人気を受けて週刊誌での連載が続行。
このたび続編が発売された。

大家さんと僕 これから

大家さんと僕 これから

 モデルである大家さんが連載中に亡くなったこともあり、今作が本当に完結編のようだ。

 年老いた大家さんとの交流は、あたたかいと同時に、どこか終わりを予感させる哀愁も漂う。

 作品自体の良さもさることながら、時は人生100年時代。誰もが老後に思いを致すようになった世相も、ヒットした要因なのかもしれない。

 先行きは不透明、年金も破綻するかもしれない、今は今の生活を守り抜くので精一杯……。
そんな日々に軽く読めて、将来の理想を大家さんに重ねあわせながら、軽くはない人生観に辿りつく。

 大家さんと矢部さんの穏やかで、でも結びつきの強い関係性に、これから確実に老いていく私たちはぐっと惹かれるのだ。

矢部さんも、大家さんも、私たちの理想形

 人間関係の希薄な現代に生きている私たちは、温かい人間関係に恵まれている矢部さんになりたいと夢見る。
 同時に、先の見えない超高齢化社会に生きてもいる私たちは、ささやかながらも自分らしく充実した老後を送る大家さんになりたいと夢見る。

 ほっこりしていてなんかいいな、と私たちが直感的に感じる「大家さんと僕」の根底には、現代人である私たちの憧れが潜んでいるのだ。

 将来への不安に駆られたとき、矢部さんと共に大家さんと共に、人生を見つめ直してみてはいかがだろうか。

おまけの一冊

 年老いても豊かな人間関係を育みたいと思う気持ちに、静かに寄り添ってくれる作品としては、以前紹介した「姑の遺品整理は、迷惑です」(垣谷美雨)もおすすめ。
inusarukizi.hatenablog.com  タイトルを見る限りではいかにも苦しそうな本だが、その印象とは正反対とも思えるあたたかいラストは一読の価値がある。



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