ミッツケールちゃんの「みつける よのなか」blog

世の中のいろんなことを考察して深めたいミッツケールちゃんのブログ。本やテレビ、ニュースについて、あちこち寄り道しつつ綴ります。

あの人は、本当に私と同じ人間なのか?―書評★地球星人(村田沙耶香)

 地球星人――出版されて1年経つ今も世間を揺るがせる小説のタイトルだ。
このタイトルから、どんな話を想像するだろうか。

 ”国どうしで揉めたりしているけれど、みんな一つ星の下で生きる運命共同体なんだよ”
そんなメッセージが込められたあたたかい話? 一見そんなふうに感じるかもしれない。

 しかし、私たちが想定する世界観とは一線を画す、狂気に満ちた世界がそこにはある。
何を隠そう、この小説の作者は芥川賞受賞作『コンビニ人間』で知られる村田沙耶香なのだから。

地球星人

地球星人

魔法少女からポハピピンポボピア星人へ

 物語は、主人公・奈月の少女時代からはじまる。

 社会で当たり前とされていることにどこか違和感を感じつつも、自分のことを魔法少女だと思い込むことで、奈月は日々をやり過ごす。
 従弟の少年と「何があっても生き延びること。」を合言葉に心通い合わせるが、世の常識に阻まれて仲を引き裂かれてしまう。

 成長するうちに魔法少女を脱した奈月。しかしその目に、世界は「人間工場」として映る。

 この地球では、みな恋愛をしてセックスをするべきで、その末に人間が生産されることが何よりも尊いことである。
 その流れに沿えない人間は、周りから下に見られ、更生するように促される。

 「地球星人が繁殖するためにこの仕組みを作りあげたのだろう」と考える奈月は、同時にこうも思う。「私は地球星人じゃない。ポハピピンポボピア星人だ」と。
 でもそれなら、どうやって生き延びればいいのだろう。

「役割」に救われる人、追い詰められる人

 人間工場と化した地球で求められる、子どもを産み育て人の役に立つよう働くこと。

 そのような「役割」に追い詰められていく奈月と対照的に描かれるのが、彼女の実のだ。

 奈月と同じく幼いころは生きづらさを抱えていた姉は、成長して社会に出ることで、「役割」さえこなせば一人前の人間として見てもらえるということに気付く。

 奈月を苦しめた人間工場の「役割」に、姉は救われたのだ。

 しかし、そうして人間工場の一員として組み込まれた姉は、やがて奈月に「普通」を求めるへと化していく。

 社会に馴染めない少数派の人を追い詰める、多数派がいかにして出来上がるのか。
――そのような世の成り立ちが、奈月の姉という一人の人物を通して、見えてくるようだ。

最大多数からあぶれた人たち

 あまたの人間が構成するこの世界は、どうしても、その中の多数派が社会のルールを作ることになりがちだ。
 最大多数の最大幸福を追求し発達した社会で、大多数の人は常識を受け入れる。

 しかし、そうして形成された「常識」や「多数派」はやがて、その価値観を受け入れられない異端な他者を裁くようになっていく。

 本作は、そのような「世界の道具になれない」人たちの視点で話が広がっていく。
 奈月は同じような思いを抱えている男性と、形の上では夫婦となり、少女期に引き裂かれた従弟とも再会を果たす。

 3人は、依然として地球の暗黙の了解に身を置けない、ポハポポンピア星から来た”異星人”である。

 彼らから噴出する「この世界で自分の命は自分のものじゃない」「何で僕が、僕であることを許されなければいけないんだ」という叫びが、この作品の象徴的なものとなっている。

常識を抜け出すために意識する常識

 物語は徐々に狂気を帯び始め、衝撃のラストへと向かう。
彼らは地球星人と決別する道を選び、自分たちが心から納得できる生き方を模索していくのだ。

 私たちの常識を覆すような描写、度肝を抜かれる展開は、読み手を大いに惑わせる。

 一方、開き直って社会外で生きる彼らの行動は、どこか人間の価値観に起因するものから脱しきれていない。
 皮肉なことに、常識から抜け出すためには、常識を基準にせざるを得ないのだ。
かえって人間らしい発想に収まっている3人の模索からは、人間としての限界も感じさせる。

 社会に不満を持っていようとも、私たちは所詮この社会の一員である。この世に生を受けた瞬間から縛られているのだ。
 自分の人生の根源にあるものがひも解かれていくような感覚に陥った。

倫理観が人と人を分断する

 作中で彼らも指摘していたが、考えてみれば、人間社会は矛盾であふれている。

-少子化が懸念され結婚・出産することが大義なのに、不倫は許されない。
-大切な人のが奪われたからといって、復讐という名目でまた別の人のを奪う。

 合理的とは言い難い場面は、そこかしこで見られる。
その根底にあるのは「倫理」という理屈では割り切れない精神世界だ。

 そして、何が良くて何が悪いかという精神論は、かなりの個人差が見られるものである。

 ヒト以外の生物にはないこの”余白”が、価値観の違いを作り、多数派と少数派を分け、異星人を生むのかもしれない。

生きづらい人たち

 本作の著者・村田沙耶香はデビュー来、日常に潜む「普通とは」「常識とは」に、独特の世界観をもって食い込んできた。

 芥川賞を受賞した『コンビニ人間』では、「普通」が分からない女性が、勤務マニュアルが充実したコンビニで働くことによって、世の「普通」に身を沿わしていく。
 著者自身が、長年コンビニ店員だったこともあり、描写のリアリティや生々しさが秀逸である。

コンビニ人間 (文春文庫)

コンビニ人間 (文春文庫)

 『地球星人』でも序盤に馴染めない少女の日常が描かれているが、子どもの生きづらさ救いという点では『タダイマトビラ』もおすすめ。
 子どもを愛せない母の下で育った少女が、家族欲を求めた先は……。

タダイマトビラ

タダイマトビラ

 そして個人的に村田作品の中で最も推したいのが、『殺人出産』だ。
産み人」となり10人産めば1人殺してもいい世界で、登場人物たちが抱くへの思い
自分が世の中の「正しいこと」に知らず知らず取り込まれていることに気付かされ、足元から揺るがされているかのような感覚へと突き落とされる。

殺人出産 (講談社文庫)

殺人出産 (講談社文庫)