ミッツケールちゃんの「みつける よのなか」blog

世の中のいろんなことを考察して深めたいミッツケールちゃんのブログ。本やテレビ、ニュースについて、あちこち寄り道しつつ綴ります。

水墨画でひも解く「美しさとは」★書評「線は、僕を描く」砥上裕將

 水墨画と聞いて、どんなイメージを持つだろうか。

なんだか地味、お年寄りが趣味にするもの、白黒でどれも同じに見える……
そんな印象を持つ人がほとんどだろう。

 水墨画雪舟、ぐらいのワードは、歴史の授業で聞いたけれど、特に興味もないなぁ……。

そう感じた人にこそ手に取ってほしい、水墨画に対する固定観念を覆す小説が今、話題になっている。

線は、僕を描く

線は、僕を描く

水墨画×青春物語

 主人公の霜介は大学生。両親を交通事故で失い、その喪失感から日々を無為に過ごしている。
人生の意味がわからなくなり、真っ白になった霜介がひょんなことから知り合ったのは水墨画だった。

霜介の審美眼に光るものを感じ、内弟子にとった巨匠
突然現れた霜介が自分よりも目をかけられていることが面白くない巨匠の孫娘
門下で日々、精進する兄弟子たち。

 水墨画を通じて育まれる人間関係の中で、自分の殻の中に閉じこもっていた霜介が自分を取り戻していくまでのお話だ。

 題材は確かに水墨画なのだが、本作は大学生を主人公とした青春物語に仕上がっている。

線と僕の関係

 タイトルを見て「僕は、線を描く」の間違いじゃないの?と思うかもしれない。
でも間違いなく、本作のタイトルは「線は、僕を描く」である。

…このタイトルがどのような意味を持つのか。

…傷ついた霜介はどう過去に折り合いをつけて、どんなところに行き着くのか。

真っ白になった霜介に、どんな色がのせられていくのか。

 一見不思議なタイトルを心の隅に置きつつ、読んでほしい。

匂い立つ墨の香り

 本作の魅力はなんといっても、水墨画を描く場面の圧倒的な瑞々しさだ。

 水墨画でよくモチーフにされるのは、植物自然の風景など。
自然界に悠然とたたずむ”命”から何ごとかを感じとり、一幅の水墨画に昇華させていく営みが、実直に描かれている。

 描き手である霜介の内面の変化も織り交ぜながら、が一本一本引かれていく様は圧巻である。
墨の香り、筆が紙を這うまでもが、聞こえてくるような錯覚に陥る。

 黒一色の濃淡で描き上げられた一幅の水墨画に、何が押し込められているのか。
この世の美しさというものに、描き手の精神性がどのように掛け合わさって、一幅の水墨画となるのか。

 そこには、普段何気なく使う「美しい」という言葉が真に意味するものを、じっくりと噛みしめられる世界が広がっている。
 活字で表現されているのが信じられないほどの優美で壮大な芸術空間を垣間見た。

現役・水墨画家の小説処女作

 著者の砥上裕將さんは本作「線は、僕を描く」がデビュー作にして、メフィスト賞を受賞することにもなった。
 小説家としてデビューする以前に水墨画であるそうだ。

 実際に水墨画に取り組む著者による作品だけあって、水墨画を制作する場面の描写には息を呑む。

 いつのまにか水墨画の世界に巻き込まれた主人公が、秘めた才能を開花させるという筋書きは見慣れた設定と展開であり、大学生の仲間たちのキャラクター造形には少々の甘さも感じる。

 それでも、たとえ敏腕作家が水墨画について取材を尽くして小説にしたとしても、この境地には達さないだろう。
 そう思わせてくれる秀作であることは間違いない。


 人気の声を受けて、週刊少年マガジンコミカライズもされている。
小説を読んだ人も、水墨画のシーンがどのように漫画になっているのか比べてみてはいかが。

線は、僕を描く

線は、僕を描く


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