ミッツケールちゃんの「みつける よのなか」blog

世の中のいろんなことを考察して深めたいミッツケールちゃんのブログ。本やテレビ、ニュースについて、あちこち寄り道しつつ綴ります。

考察★ららら♪クラシック「マーラーのアダージェット」

愛を得られなかった不遇な生い立ちが、名曲を生んだと考えると、聴き手としては複雑な思いですね。 素晴らしい音楽家は、素晴らしい夫とは限らない。 美しい曲の裏に隠されたいびつさに気付かされました。番組の内容と感想を書きます。

5/25(金)21:30~22:00 Eテレ

敷居が高いと思われがちなクラシック。初心者でも楽しめるよう、
楽曲の生まれた街や歴史背景、ドラマ、技巧をわかりやすくガイドする番組。


目次

マーラーが描き出した愛の世界

 学生時代にコンサートで聴いて以来、マーラー巨人が好きです。壮大なつくりが気に入っていて、ゆっくりしたいときによく聴いています。
(巨人は、こちらで視聴できます)

 マーラーの他の曲も聴いてみようとするものの、難解な大曲が多いイメージでまだまだ親しめる境地には到達しておらず、継続して聴くのはもっぱら巨人とアダージェット。

 いずれも聴き手をぐっと惹きつける世界観はとても素晴らしいと思えます。 巨人を聴くと森や泉などの自然が思い浮かぶ一方で、アダージェットは人の心の奥底か、はたまたこの世のものでないピンク系の繊細なグラデーション世界が浮かぶような気がします。神秘的でピンと張りつめた弦楽器に、甘いハープの音色が沿うことで奏でられる、澄み切った美しさに幾度も心を揺さぶられてきました。
(アダージェットの視聴はこちらの4曲目。)

 そんなわけでまだまだマーラー初心者の域を出ていないのですが、音に酔いしれるばかりだったあの音楽世界がどうやって生み出されたのかを知ることで、マーラーへの親しみを深めたいと思います。

「死」をまとった愛

 アダージェットが奏でるのはのしらべ。 献呈された指揮者の楽譜には、「妻にあてた愛のあかし。手紙の代わりにこの楽譜を贈った」という覚書が残っているそうです。
 40歳を過ぎるまで音楽一辺倒だったマーラーは、19歳下の年若き美女に恋をして結婚します。 愛する人への思いを胸に、作曲途中だった交響曲第5番に急きょ、第4楽章「アダージェット」を加えることにしたのでした。

 ただこの「アダージェット」、ありふれた愛の喜びを素直に曲にしたためたというだけにとどまらない、様々な解釈がなされています。 音楽学教授は「恋人ができて嬉しい」という喜び以外にも、いつか死んだり別れたりする日がくるかもしれないという死への欲望が含まれているのではないかと指摘しました。

 その根底にあると考えられるのは、彼の生い立ち。 貧しい農村で生まれ、幼少期に兄弟が何人も病気で亡くなり、さらには暴力的な父のもと悩んだ弟が自殺を遂げます。「死は物心ついて以来付きまとって離れなかった問題」だと言っていたそう。 葬送行進曲など死をテーマにした曲を数多く作り、常に生と死が隣り合わせの価値観を持っていたよう。
 この時代に子どもが病気で亡くなるというのは今ほど珍しくなかったかもしれませんが、同じ家で同じように生きてきた兄弟の人生が急に終わりを迎える日常を送り、この世の不安定さを体感したのではないでしょうか。

 幸せ絶頂期に書いた愛の曲でさえ、死という対極のオーラをまとっている。 そばで過ごしてきた家族を亡くすという経験を重ねたために、手にした幸せが次の瞬間には失われるのではという懐疑の念がついてまわっていたのでしょうね。

 今は幸せなのに、ふと「この幸せが壊れたらどうしよう」と不安になるというのは、誰にでもありがちなこと。 ただ、その恐れがあまりに色濃く出ているマーラーのアダージェット。自分に舞い込んだ幸せを信用できないという彼の心の特徴がうかがい知れるようです。

母の面影を重ねた恋人

 幼少期の家庭環境は、曲だけでなく妻への愛そのものにも影響しているのではないかと推測されています。 そこに入り込んでくるのは母への愛慕の気持ちです。

 父から暴力を受け、ただでさえ病弱だった母はやつれて亡くなります。 常に悲しげだった母を慈しみ、その死後も亡き母の面影を強く求める気持ちが、年下の恋人への愛にすりかわっていきました。
 その愛はいびつであると言わざるを得ません。結婚後、妻が華やかな社交の場に出ることを禁止するなど、利己的独占的なものへと変貌します。 精神医学の研究者は「妻を一人の個人として見ていたか疑問」だと言います。

 愛の世界を描いたアダージョですが、妻への純粋な愛ではなく、母への思いが混じっていたと考えられます。
 天上世界で母と再会するという夢が、アダージョにどことなく漂う神秘的な雰囲気につながったのかもしれませんね。 ただ、母への愛にしても、亡き母に捧げるためというよりは、愛の渇望に苦しんだ自分が理想とする世界を、作曲によって編み出したような印象を覚えました。

生涯通した愛の不足が、大作曲家を作り出した

 この独りよがりとも思える妻への態度。妻と出会う以前の仕事に打ち込んだ時代からその片鱗を見せていたようです。 若くしてオペラ劇場の指揮者に抜擢されるも、高い理想を周囲に押し付け、気に入らなければ解雇するという傍若無人な振る舞い。

 暴力で支配された幼少期を送ったことで、自分が上の立場になったときに仕事仲間や妻を思うがままに支配する発想に至ったのでしょうか。 人とのふれあいよりも音楽の仕事に打ち込んだのも、家庭に安らぎがなかった少年時代の実感から外への扉を閉ざし、内面的な精神世界に救いを見出そうとしたためかもしれません。
 ただ、そのような世の感覚とはかけ離れた異質さが、名曲の数々を生み出したとも言えます。

 妻の心は次第に離れていき不倫に走るようになります。結局、真実の愛を手にすることはできず50歳の生涯を終えたマーラー。 1人の息子、1人の、1人の男性としては、とても幸せだったとは思えませんが、その不遇さも糧に到達した音楽的な境地は得難いもの。 楽家人生としては充実していたと考えられるかもしれません。

オペラのような展開

 アダージェットの音楽的な工夫についての解説は宮川彬良さん。 今回はストーリー中心で、音楽的解説は少なかったですが。

 曲の流れの中に突然あらわれる不協和音。美しい中に心をかき乱すような展開を混ぜた曲は、オペラ指揮者ならではの技だそう。 美しい世界を紡いでいる一方で、心の奥底に共存している別の感覚をぶつけてくるような、まるで楽器でオペラを書いているような脳の感覚なのではと話していました。
 妻への純愛からは離れた、死への欲望や今目の前にいない母との再会を望む気持ちが、不協和音として表れているのかもしれません。

 弦楽器ハープの音色が美しい交響曲アダージェットを、ピアノで奏でるとまた印象が変わりますね。 普段オケよりもピアノ曲を好んで聴くこともあり、曲の解説よりもそちらに注目がいってしまった……。全音ピアノピースで楽譜も出ているようなので今度弾いてみようかな。


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