ミッツケールちゃんの「みつける よのなか」blog

世の中のいろんなことを考察して深めたいミッツケールちゃんのブログ。本やテレビ、ニュースについて、あちこち寄り道しつつ綴ります。

感想★「ホームレス ニューヨークと寝た男」(ドキュランドへようこそ!)

衣食住のうち、住居を省いてしまった特異な人生。家が必ず必要というのも1つの価値観でしかなくて、ホームレスになってでも追いたい夢があるということなんでしょう。
家賃を払わない生き方を選んだ男性のドキュメンタリー「ホームレス ニューヨークと寝た男」を見て思ったことを書きます。


目次

マンハッタンのアパート屋上でホームレス

 舞台はニューヨークの大繁華街マンハッタン……のアパートの屋上。 モデル兼カメラマン兼俳優のマーク・レイさんは52歳のホームレス。不法侵入したアパートの屋上で寝泊まりしています。
 知名度の高い雑誌にも掲載された彼はなぜ家を持たず暮らすのか。彼の”戦い”に密着し、飾らない姿を映した2014年制作のドキュメンタリー映画です。
 ニューヨークのきらびやかな街並みの映像は美しく、それだけに、対照的などろくさくも誇り高い日常が印象的でした。

最初は話題作りかなと思った

 寒空の下、見つからないようひっそりと起床し、公衆トイレで洗顔と髭剃り。ロッカーにカメラや私物を保管しているトレーニングジムでシャワーを浴び、洗面所で洗濯まで済ます。
 仕事の合間はスタバや居酒屋で粘り、友人の長期不在時に借りた鍵でアパートのエントランスをくぐって忍び足で帰宅。きらびやかな街をバックに、防水シートで雨風をしのぎながら眠りにつく……。

 5、6年もの間、続けてきた屋上生活はこんな感じ。
 ホームレスっていうと路上で生活するイメージが強くありましたが、よく見聞きするその姿とは少し違うみたい。定まった住居を持たないという意味では、確かにホームレスですね。

 日々を支える仕事は、不定期で舞い込むカメラマンや俳優業。ストリートスナップを撮影する仕事は、片っ端からファッション誌に売り込んでつかみとった。俳優の方は最近、エキストラからセリフのある役に格上げされた。
 ヨーロッパなど世界を飛び回りモデルをやっていた時代もあったけれど「知的な仕事とは言えない」と感じ、ニューヨークへ帰ってきた彼。

 ジムの利用料だって馬鹿にならないし、実家に帰ったり他を削ったりすればホームレスにならなくても生きていけるだろうに、話題作りとか道楽でやっているのでは。見始めた当初はそう思いました。実際、家賃なしの屋上生活でも月1200ドルもかかっているらしい。

本気で夢を追うということ

 けれど。
 実家はお隣のニュージャージー州。戻る手もあっただろうけど、望む仕事にありつくには大都会ニューヨークに身を置かないことにはきっかけすらつかめない。隣の州と言えども広大なアメリカだから通うのはほぼ不可能ですよね。
 加えて、家賃の高いニューヨークに住むということは夢を追うには必須条件だけれど、まだ実現していない人にとっては、そこにいるだけで膨大なコストがかかるという厳しい現実。家賃の支払いや失業の心配の種はつきず、ニューヨーカーの60%はストレスだらけ、とも言っていました。シラミまみれのユースホステルで劣悪な環境に辟易として、たどり着いたのはアパートの屋上。

 食事はとらなきゃいけないし、仕事がらスーツや靴は必需品、父親はがんだったからがん検診も受けないと――。自分の納得のいく仕事を探して生きる上で、優先順位の高いものを順番に選んでいったら、最後に家が残ってしまったのでしょうね。

 ホームレスっていう響きはとてつもなくマイナスイメージで、他の何を捨てても住居は確保しなきゃ、と凡人のミッツ・ケールちゃんは思っていました。でも彼にとっては、住む家を持つことを捨ててでも夢を追わなきゃ、という発想なのでしょう。ホームレスに成り下がったというよりはホームレスを自ら選んだという、どこか矜持のようなものを感じました。
 避けられるはずのホームレス生活を避けないということを道楽だと思ってしまったこと自体が、本当の本気で夢を追ったことのない自分の物差しで考えていたことの現れだと気付かされました。「頼れるものにはなんでもすがる」と話し、クリスチャンでもないだろうに十字架を切って寝床に入る姿からは、深い絶望感というより自分の人生を頑として守り抜く強さ希望が見えるように思えます。

演じるサバイバー

 とは言え、家賃を割けるだけの収入を得るまではいつ捕まるともしれない不法侵入の現状で、「サバイバーの気分」。

 屋上への鍵をかけられた!なんて冗談を飛ばしていたけど、笑えるようで笑えません。不確かなすみかの上に成り立つ生活。本当に明日には鍵をかけられるかもしれないし、そうしたら行くところがない不安定な立場だということ。こういうなんでもないように思えて本質を示唆する一言をしっかり挟んでくる編集はさすがですね。

 不安定な生活を可能にしているのは、自分がどう見られるかどう見せるかをよく理解しているから生じるであろう要領のよさ。生活必需品は安いもので済ます一方、見栄えのする靴を履いて身なりは整える。出入りの際にアパートの住人とすれ違ったら電話中のふりをしてやり過ごしたり、出先では陽気な大物を装ってみたり。持って生まれた容姿を最大限生かしながらうまく立ち回っている日常に感心しました。

 見つかったら逃げ場がない、猫に追い詰められたネズミのような気持ちだと言っていましたが、社会という名のネコの動きをしっかり警戒しつつ、すぐ近くの屋根裏で持てる範囲の自由を追っているような。そんなネズミのたくましさが伝わってきます。

幸せと思う道

 明るく振る舞っているだけに、翳りのある表情を見せた場面が印象的でした。
 「幸せと思う道を進め 見えない手が閉じた扉を開いてくれるだろう」という神話学者の人生訓を胸に抱いて、突き進んできたけれどなかなか扉は開いてくれない。 「幸せと思う道だったはずなのに」とつぶやき、屋上のシートの中で自己嫌悪に陥る夜。アパートの何枚かの天井を隔てて、友人があたたかいベッドで就寝している。一方の自分はスターの横で家具みたいに突っ立ってろくな仕事じゃないし、写真だって食っていけるほどのものではなく生活費すら稼げない。

 実家に帰れば母親や兄弟が迎えてくれる。古いけれど立派な屋根があるし、冷蔵庫には食べ物がある。夢を追うこと自由に生きることを優先して生きていても、家族団欒を前に心は揺れている様子が伝わってきます。「ここに恋人を連れてこられたら最高だろうな」という言葉の裏で、地元に連れてくる=人生を共にできるパートナーと穏やかに過ごすという、自分が見ないようにしてきたはずのささやかな幸せが脳裏によぎっているのでしょう。
 女性も大事にするどころかイラつく、愛しているなんて言える余裕もない。屋上にたどり着いて、セックスも恋愛も、定職に就くのも家庭を持つのも諦めたと言います。

 映画の終盤に、ニューヨークで生きるのを諦めたと言っていたけれど、今後どうするのかな。家を諦めて志した夢さえも捨ててしまって、全てを諦めた先にどんな希望を見出すのだろうか。

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