「腹の虫」って単なる比喩表現だと思っていました。ましてや寄生虫とは別問題だろうと。
でも本当に、私たちの体内には私たちを操っている存在がいるようです。
純粋な科学の話なのに、”自分”というものを思わず疑ってしまった。そんな見応えのある回でした。内容と考えたことを書きます。
5/9(水)22:00~22:45 Eテレ
日常で何気なく感じるフシギを「ヘウレーカ(わかった)!」と解き明かす
浮力について解き明かしたアルキメデスにちなんだ番組で、自然科学が中心
目次
腹の虫が、腹の持ち主の運命を変える
「腹の虫が納まらない」「虫が好かない」。感情を虫に置き換える慣用表現は多くあるけどどんな虫?
そんな疑問に答えるべく登場したのは、寄生虫博士。
- 作者: 藤田紘一郎
- 出版社/メーカー: 講談社
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想像上の「腹の虫」をスタートに、現実の寄生虫を紹介する回だと思いきや……。
実は、想像と現実にはそこまで差がないかもしれない。
体内の環境や栄養素など物質的なところにしか影響がないと思い込んでいた寄生虫、宿主の精神にも影響を及ぼしている可能性があるそうなんです。
宿主を操って引越しする寄生虫
寄生虫とはその名の通り、他の生物(=宿主)の体内に寄生することで生存する虫のこと。複数種類の生物の間を行き来することで、淘汰されにくい生存戦略をとるものもいるそうです。とは言え、別の種類の生物に都合よく移動するのは難しい。その感染サイクルを可能にするための秘策を持っています。
スズメとカタツムリの体内を行き来する寄生虫ロイコクロリディウムは、スズメのお腹の中でしか産卵できない一方、幼虫はカタツムリに寄生しないと生きていけない性質。スズメの糞に混じってカタツムに食べられることですみかを移し、カタツムリの体内で成長します。その後、産卵が近づくと、カタツムリごとをスズメに食べられることで戻るという仕組み。
ここで面白いのはスズメは普通、カタツムリを食べないということ。それでも食べてもらうためにどうするかと思えば、スズメの好物であるイモムシの真似をします。カタツムリの体内で何倍もの大きさに成長し、内部から触覚を通常よりも太く鮮やかな色に変型させて、うにょうにょと動かします。その姿は本当にイモムシが蠢いているよう。
さらに暗いところを好むはずのカタツムリが明るいところに出るよう中から誘導し、スズメに食べられるよう仕向けているそうです。
似たような生存戦略をもつ寄生虫に、ヒツジ、カタツムリ、アリの3種類の体内を移動する槍形吸虫がいます。ヒツジの腸内で産卵すると糞と共に外へ、カタツムリに食べられて体内で幼虫に発育し、幼虫が混じったカタツムリの粘液をアリが食べ、そのアリをヒツジがまた食べることで一回り。
卵を産む場となる「最後の宿主」ヒツジへたどり着くために、槍形吸虫はヒツジが食べる草の先端に寄生したアリを向かわせ葉にかみつかせるそう。ヒツジはアリを食べないけれど草に混じって食べられることができるのです。
まさか寄生虫の都合で、宿主に通常は起こらない体の変型が起きたり、好まない行動を取るようになったりするとは。 生き延びるために、自分よりもはるかに大きな生物を操ることができるなんて驚きです。
うっかりヒトに寄生してしまったばっかりに
寄生虫によって行動が変わるという事態が、なんとヒトにも起こるという研究報告があるそうです。
寄生虫トキソプラズマはネコの体内で産卵し、ネズミや鳥類などに移って成長し、再びネコに食べられることで一回りします。ネズミにとってネコは天敵で避けねばならない存在ですが、トキソプラズマに感染したネズミは、ネコの匂いに引き寄せられるそう。このときネズミの脳内では、防御系の回路が働くはずが生殖系回路が活性化しており、危険を感じるはずの匂いにときめいていることが分かりました。
宿主の生死に関わる天敵を察知するアンテナすら曲げてしまう力を持っているのですね。
トキソプラズマと言えば、妊娠中に感染することで流産したり胎児に障害が出たりするなどときどき問題になります。実は自然界にありふれていて感染している人間も多いものの、免疫機能が低下していたり妊娠していたりしなければ、通常は人体に影響を及ぼさない……と思っていましたが、近年、性格や行動に影響する可能性があることが分かってきました。
感染している人は感染していない人に比べて交通事故に遭遇する確率が2.7倍という調査結果があるほか、ルールを守らない、反抗的、外交的、人を疑わない傾向があるなど、良くも悪くも大胆な性格に変えてしまうと結論付けた研究もあるそう。
妊婦や一部の人だけが気を付けなければいけないと思っていたけれど、見えないところでじわじわ人格を改変されているかもしれないなんて恐ろしい。
トキソプラズマとしてはネコに食べられやすいネズミや鳥類に寄生したかったのに、ネコが食べられそうもないヒトの体内にうっかり入ってしまって早く出たいがための誘導なのかもしれませんね。交通事故に遭遇させたり、性格を大胆にしてトラブルに見舞われるようにしたりして、死を早めるよう操っているとは考えられないでしょうか。こうなると未必の故意ながら、もはや殺人虫ですね。
純粋な私が持て余す”腹の虫”
一方、寄生虫に感染するとアレルギーが抑制されるという説もありました。排泄物が流れる川で洗濯したり体を洗ったり子どもの遊び場にさえなっているという国の子どもたちは、清潔なはずの日本の子どもよりも元気で肌もきれい。アトピー、ぜんそく、花粉症が見られないのは、寄生虫が理由ではないかと考えたそう。対して、寄生虫の感染率が下がった日本では、アレルギー疾患が急増していたことも、仮説を強めました。
残念ながらポイントとなる成分を見つけたものの、アレルギー症状が起こる免疫反応をブロックするだけでなく、免疫バランスが崩れてガンになりやすい体質になるという弱点を克服できなかったため、薬として実用化はされなかったそうですが、世界中で関節リウマチや肥満関連疾患など様々な疾病の治療に活かす研究が進められています。
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寄生されて良いように利用されてきた人間側が、寄生虫を役立てようと反撃を開始したところといった感じですね。食物連鎖を俯瞰しているかのような人間も、知らず知らずのうちに他の生物から、外からも中からも影響を受けているということを改めて思い知らされました。
見た目がカタツムリに見えてもアリに見えてもヒトに見えても、体内には別の理念で突き進む寄生虫がいるかもしれない。「生物界では”純粋な私”はありえない」という寄生虫博士の言葉が印象的でした。
私たちは「自分」というものを大事にしていて、思想が何かに浸食されていないか、誰かの言いなり・操り人形になっていないか敏感になっています。けれども社会に接続されて生きている以上、受けてきた教育や周囲の価値観に根差して人格が形成されているはず。
自分の意思ではない部分も無意識にあって、沸々と湧き出る感情につながっているのでしょう。理性では説明のつけられない困った”自分”を、昔の人が委ねたのが「腹の虫」なのかもしれません。
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